価格はどれくらいなのか
...イラストはいくらぐらいで発注するのがいいのだろうか…
...引き受けてしまったこの仕事は、安すぎるのだろうか…
発注する側もされる側も、イラストの金額の設定で迷うことは多いかも知れません。 私が個人で受けてる相談でも、金額の相談が一番多いです。
イラストレーターも発注する出版社も、ウェブサイト等で発注金額を明示することは稀です。 実際聞いてみると、イラスト一枚1000円~数十万円と大きな開きがあります。
ここでは、なぜこのような開きが出てしまうのか、何を目安に金額を考えるのがいいのか、私の意見を述べたいと思います。 ただし、これは私が見聞きした、あるいは経験した範囲で考えた意見ですので、 一般的な慣習や金額設定と合うものかどうかは保障できません。 あくまで参考としてお読みください。
■■ 価格はなぜ明示されないのか
イラストの価格は、決めるのが非常に難しいものです。その理由は、いくつか考えられます。
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制作時間によって
たとえば時給1000円で仕事することを考えてみましょう。 制作に10時間かかった場合、単純に考えて、<10時間×1000円 = 1万円>となりまります。 このように、制作時間は金額の目安になります。 この際、制作時間には打ち合わせ、資料集め、書類の作成などの時間も含まれます。 -
技法や技術
技法によっても制作時間は違ってきますし、特殊なスキルや材料を要求する技法の場合は、割増料金が必要です。 たとえば、まったく同じ下絵のイラストでも、油絵の具で制作したイラストと、 Adobe Illustoraterで制作したイラストでは制作時間や必要経費が異なりますし、技術習得にかける時間も違います。 このため、技法によって値段がかわってきます。 -
イラストレーターによって
有名で人気のあるイラストレーターと、無名で駆け出しのイラストレーターとはイラストの値段が異なります。 ただ単に人気の度合いが違うから値段が変わるのではありません。 仕上がりやコミュニケーション能力にも違いがあるでしょうし、 有名なイラストレーターを使えば、契約違反や、全くの無能かもしれないというリスクもある程度回避できます。 -
使用媒体・カラー・サイズ
媒体によっても値段は変わります。たとえば印刷物の場合は、 読み手がじっと見つめることができるため、解像度を高くする必要があり、 描きこみが細かくなります。Web用やプレゼンテーションスライド用のイラストはシンプルな方がよいので、 制作時間も短縮できるかもしれません。
色数も重要です。白黒なのか、三色刷りなのか、 フルカラーなのかということによっても描き方や、時間がかわってくるためです。
また、「イラスト一枚」といっても、大きさは様々ありえます。 5cm×5cmのイラストもあれば、A1ポスターサイズのこともあります。 このため、大きさによっても値段は変わります。 -
使用期間・回数
クライアントがイラストを利用するのが一回きりなのか、 あるいは無期限・無制限に利用するのか、によっても値段はかわることがあります。 何度も使う場合の方が、値段は高くなるかもしれません。 -
著作権の譲渡の有無と範囲
著作権を譲渡する場合は、イラストの値段は高くなります。 著作権は本来イラストレーターの権利です。 たとえば再販する権利をクライアントに譲渡すればクライアントがイラストを誰かに転売し、 儲けることができます。このため、著作権の譲渡の程度によって値段がかわります。 -
発注者の都合
発注者が会社などにおり、イラストの予算があらかじめ決まっている場合は、 その予算どおりにしかイラストを発注することはできません。 このため、発注者の都合は大きな影響力をもちます。 発注者の予算に合わせて、イラストレーターが技法や制作時間を決める場合もあります。
その他いろいろ
このように価格を決めるための基準はたくさんあります。 一概に一枚いくらとはいいにくく、発注のたびに相談して決めていく必要があります。
■■ クライアントが価格を決めるには
クライアントは価格を決めるために、次のようにすると思われます。
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見積書を作ってもらい、見てから考える。 あるいは、 「この仕事だったらいくらくらいで引き受けてくれるのか?」とズバリ聞いてしまう。
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予算や自分の都合から、これくらいなら出せるという金額を考える。 そして「予算はこれくらいだけど、引き受けてくれないか」と最初に話し、相談する。 断られたら相手の要望を聞くか、そのイラストレーターに描いてもらうのをあきらめる。
そのうえで、金額の微調整は交渉して決めます。
■■ 価格の目安
これらのことを理解した上でも、やはりある程度の目安が欲しいという方もいるかもしれません。 そのような人のために目安について書いてみたいと思います。
ある文献によりと、科学に限らず、一般的なイラストレーションについては、 雑誌のモノクロの挿絵一枚で、5千円から数万円までだそうです(※1)。 また、日本イラストレーター協会(JIA)のウェブサイトには、
「例えば10cm角に納まるくらいの小カットとして使用する場合、 モノクロイラストで1点あたり3,000円〜10,000円、カラー で5,000円〜20,000円というところが相場です」
と書いてあります(※2)。
科学専門イラストレーターの場合は高い専門性があるので、一般的なイラストよりも高い設定が望ましいでしょう。 しかし実際には発注側の予算の都合で、安くなることも多いようです。
一般論だとイメージがわきにくいかもしれません。条件を場合分けして、もう少し詳しく考えてみます。
■■ 場合分けをして考える
以下の場合に分けて価格を考えてみます。ただし、
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クライアントA:「エクセルで作ったグラフと表がある。 論文に掲載したいけども、色が変だし、みにくいので、見易い図に変えてほしい」
このような場合は、図案を一から練る場合と比較し、イラストレーターがあまり頭を使う必要ありません。 エクセルの図をもとにAdobe Illustratorを使ってトレースし、 見やすい図に描きかえるだけならばあまり時間もかかりません。 発注枚数にもよりますが、駆け出しのイラストレーターが制作する場合、 10cm×10cmくらいの論文掲載用の図であれば、一枚2000円~2万円くらいではないでしょうか。
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クライアントB:「研究発表用や講義で、イラストを使いたい。 パワーポイントのスライド用のイラストをスライド3枚分ほど作ってほしい。 自分が作った大まかな下描きがあるので、それを奇麗に仕上げてほしい」
図案がある程度できている場合、イラストレーターがアイデアを練る負担は減ります。 また、パワーポイントで利用するイラストは、印刷物用と異なり、解像度をあまり高くする必要はありません。 図案の完成度や複雑さにもよりますが、ある程度シンプルなものを望んでいる場合、 クライアントが作った下描きをもとにAdobe illustratorで綺麗に仕上げる作業は、 スライド3枚分で数千円~数万円くらいではないでしょうか。
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クライアントC:「学科紹介で使う、A4サイズのパンフレットの表紙絵がほしい。 使ってほしい素材はあるけれど、全体のイメージはまだ固まっていない。 我々と相談したうえで、イメージを具体化し、仕上げてほしい」
一般的に表紙絵の値段は、数万円~数十万円と思われますが、 どれくらいがいいのかは、ケースによってかなり異なると考えられます。 アイデアが固まっていない場合は、イラストレーター自身も勉強をし、 クライアントと密なコミュニケーションをしながら、アイデアを作る必要があります。 その場合、2・3万円では間に合わないでしょう。予算についてイラストレーターとよく相談する必要があります。
■■ お願い
クライアントさんへ
イラストレーター業界は、生きるか死ぬかの厳しい世界のうえ、
特に日本では不当なほど安い金額で発注されることが多いと聞きます。
サイエンティフィックイラストレーション業界はさらに小さい業界です。
あまりにひどい扱いをすれば、優秀な人材が集まらなくなってしまいます。
発注する際には、不当な値段にならないようお願いいたします。
また、決まったイラストレーターに何度もお願いすることで、相手が科学的知識やクライアントさんの癖を学び、
コミュニケーションが楽になります。割引が効くことがあるかもしません。好きなイラストレーターを決めることをお勧めします。
イラストレーターさんへ
値段が高くて質の低いイラストレーションを描けば、クライアントはがっかりしてしまいます。
業界全体の信用が落ちてしまうかもしれません。
科学業界はイラストに使えるお金が豊富にあるほど、裕福ではありません。
クライアントとさんとよく相談し、値段に関わらず、満足するようないい仕事をするようお願いたします。
※1 ローレンス・ツィーゲン、クラッシュ(2006)『イラストレーションの教科書』玄光社
※2 日本イラストレーター協会(JIA)「イラストの仕事依頼」
http://jpn-illust.com/illust.html
(初稿 2013年1月10日)